ベトナムのダラットからニャチャンに到着。この後1時間後にホイアン行きのバスに乗る。
合計移動時間、約19時間。
ニャチャンはリゾート地でビーチが広がっていた。旅行には最適だな〜!


暇なので、少し東南アジアを旅して感じたことを書きなぐってみた。
東南アジアの経済成長を肌で感じた
タイ、カンボジア、ベトナムと回ってきたが、かなり経済成長が進んでいた。物価の水準や都心部の方達の暮らしを間近で見て、肌で感じた。
また国民一人一人に非常に勢いがあり、現地の方とお話をさせていただくと、必ず「経済成長」というキーワードがあがってくる。
日本の経済成長率がアジアの中でも下から2番目なのにも納得がいった。29年間、日本国内に住み、海外旅行も皆無の自分にとっては、かなり思考の幅や視野が狭かったと言わざるを得ない。
これまで、日本は経済大国であり、アジアの人たちからも住みたい国として選ばれると考えていたのだが、一昔前のことだった。今や中国やシンガポールの人にとっては物価が安く、手軽に高品質のサービスや物が受けられる、手に入る場所だけになってしまっている。
実際に「日本に住みたいとは思わない」と、この旅でも言われた。
今思えば、2016年当時に感じたこの違和感は正しかった。あれから10年、円安も進んで日本の立ち位置はさらに変わっている。あの時に海外の空気を吸いに行ったことで、世界を見る目が変わったと思う。
海外に飛び出す日本人たち
1カ国目のタイから、自分の海外に対するイメージが少しずれていると感じていたが、ますますそれが大きくなってきていた。いい意味で自身に対して刺激になっていた。
多くの日本人が、この東南アジアで起業しており、ビジネスのステージとして選んでいることにも驚かされた。それも有名な起業家や社長ではなく、昨年末まで日本で飲食店を経営していた夫婦が今はシェムリアップで自然派スムージーのお店を出し奮闘していたり、森本氏に影響を受けて日本語しか話せない中で1年前に突然カンボジアで働きだした25歳の女性など、かなり多くの日本人にお会いさせていただいた。
自身が描いていた海外へのハードルは、思ったよりも低かった。逆に海外への興味や、経済成長しているステージでの活躍のイメージが膨らんできていた。
シェムリアップの夫婦いわく「自分たちが先駆けて海外に行くことで、若い人たちの刺激や道筋になってくれればいい」とのこと。誰にでもチャンスは転がっているのだ。
今思えば、あの時出会った人たちの行動力に背中を押された部分は大きい。日本語しか話せなくても海外で挑戦できる。それを目の当たりにしたことが、帰国後の自分の選択にも少なからず影響を与えたと思う。
本で読むのと、現地で経験するのは全く違う
様々な書籍を読み、グローバル化や海外の情報は収集してきたが、実際に現地で経験しないと全く意味がないと痛感した。1年前、そして今、さらに1年後には大きく変化が起きているのだろう。経済的な部分や風景的な部分も含めて。
一昨日はベトナムの公園を歩いていたら、現地の学生がベンチに座り、日本語や英語で様々な人に話しかけていた。二人は男子学生でカップルなのだそうだ。日本語と英語を勉強していて、話しかけることで言語を勉強していたとのこと。
この光景は日本ではなかなか見られない。東南アジアを回っていて感じたのは、あまりにも多国籍で様々な肌の色をした人たちが町中を歩いていることだった。恐らく、小さい頃からこのような環境で育っていることにより、グローバルへの意識や数カ国語を話すことが当たり前になっているのだろう。
実際にある程度歳のいったベトナムの方達は英語も通じない人が多かったが、若い人はたいてい英語が話せるイメージだった。
自分自身が環境を変えるしかない
自分も東京に住んでいたが、ここまで多くの国籍の方が町中を歩いている姿をあまり目にすることはなかった。国としての閉鎖的な考え方や保守的な部分が影響しているのだろう。また日本は島国であり、地形的な影響もあるのだと思う。
今後の身の振り方を考える場合の選択肢として、変わらない日本に留まるのではなく、自分自身が環境を変える必要があるのではないかと大いに思った。
この旅で感じた「環境を変えたい」という気持ちは、帰国後の行動に確実につながった。結局、環境を変えるかどうかは自分次第なのだ。旅はそのきっかけをくれる。
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つづく。